「意識改革が必要」など色々、言われたりする事もあったり、逆に言ったりもするのではないでしょうか?
ちなみに「意識改革」とは
「考え方や取り組みの姿勢や個人の関心の持ち方などを、従来の形から新しいものへと入れ替える事」
いやな聞き取り方をするなら「生まれ変われ!」と言われているようなものです。
実際、精神思考が固まった20代以上の方々には大変難しい事です。
人によっては、無理でしょうというパターンも多々あるが・・・。
ただ、そんな事は決してありません。
誰がそんな事決めたのですか?
意識の改革に年なんて関係ありません。
「年取ったから、今更変えれないよ」等と言う人は、所詮言い訳です。
性格を変えろ!と言うのは、かなりの難易度がありそうですが、よく勘違いされるのが、性格を変えるのと意識を変えるのとでは別の意味なのです。
意識の改革なんて、考え方一つで何とでもなります。
一般的に難しいと言われている人達は、
プライドが高過ぎる人
自信過剰な人
人の意見を聞かない人
辺りですね。
この辺りの方々は、かなり苦労する事でしょう。
もちろん「プライド」とは素晴らしく重要です。
「アイデンティティ」を樹立させるには「プライド」は重要です。さらにある程度世の中を上手く渡っていくには自信過剰な位が良い場合もあります。さらに、周りの意見に振り回されずに、一本気でまとめれるなら、問題さえなければ良いと思います。
ただ、そのような方々が、壁にぶち当たった(失敗した)場合が問題です。
まあ、これこそ生まれ変わらないと治らないね?と言われるかもしれない。
もちろん、生まれ変わる必要はありませんが・・・・。
皆同じ人間何とでもなります。
まず、意識改革とは、基本的に考えを改め直して、新しい事をするわけなので、平たく言えば、
「今の現状の悪い点を洗い浚い(あらいざらい)吐き出しましょう」
ノートなどに書き出した方が分かりやすいはずです。
「その悪い点を、しっかり認めましょう」
要は、悪いから、何か問題が起こっていたり、物事がうまくいかない、言い訳ばかりしたくなったりするわけです。実はここの点が一番難しいかもしれません。人から指摘されると、気分を害したりしますし、自分の悪い所を認めるというのは、かなり困難です。ただ解決しないと意味がありません。実際、第3者に悪い点、問題点などを、しっかり言ってもらった方が良いと思います。ここで必要なのは
「受け止める(認める)勇気」
これがない事には、間違いなく「意識改革」は不可能です。
誰でも間でも言われると精神が持たない恐れがあるので、ある程度認めた人がいれば、そういう人に限定に指摘してもらっても良いかもしれません。
人と言うのは、認めている人、尊敬している人、デキる人に論理的に言われると納得するしかなくなりますし、気分はそんなに害する事はありません。(まあ、その人の言い方にもよりますけど・・・・・)
意識改革と言っても、全く新しい事をするというのもありますが、基本的には、今の問題点を改善改良する事に意義があります。
問題を残したまま、新しい議題に行って成功したとしても、それは完璧な成功ではないパターンがあります。新しい議題にいくというのはある意味「博打」みたいなものです。
成功すれば、問題も帳消しにすることもあれば、失敗し、問題が山積みになる場合もあります。
基本的に行動として
「何をすべきかを把握する」
単に何か流れに沿ってしても、全く進展はありません。自分は何をすれば、成功の形に持っていけるかを考えなくてはなりません。行動すべき事を予めまとめ上げないと、結局何をして良いのか全く分からなくなる場合があります。これに関しても、ノートなどに書き写していきましょう。
最後に
「成功の形をイメージする」
これがない事には、上の項目すべてが意味がありません。ゴール地点がない事には、がむしゃらに進んでも、ゴールのない迷路に迷っているようなもの。以前のブログで例を挙げたような「ロジカルシンキング」にてゴール地点からの行動種別をノートに広げて書いてみましょう。きっと答えが見えてくるはずです。
「意識改革」に関しての「方法」ですが、人それぞれによって、「意識レベルの高さの基準」の違いがあるので、偏に同じ事が該当する事はないでしょう。
ただ、共通して言える事は
「本当に自分を変えようと本気で考えれるか?」
口で言うだけ、考えて頭で浮かべるだけではダメです。行動に出て初めて意識改革に繋がります。
意識改革したい場合にする方法ですが、
「第3者に自分のする事を宣言する」
多ければ多いほど理想ですね。
要は自分にプレッシャーをかける事ですね。言われないと出来ない人なら尚更しないといけませんね。
「言葉」の責任と言うのは大変に大きいので、言った事に対してはしっかり守らないといけません。
他には、紙か何かに一筆書いてみるのも良いかもしれません。
俗に「有言実行」、俗に「キッカケ」が必要なわけですね。
「キッカケ」なんて、悠長に待っていても、運が良くないとまず来ないです。と言うより来ないです。
それなら、自分で「キッカケ」を作りましょう。
もし、仕事上、部下のとか意識を上げたいのなら「キッカケ」を与えてあげましょう。
だだ、そのプレッシャーに押しつぶされるようでしたら、上文の項目の準備が出来ていないからです。
キツイ言い方をすれば、「その程度・・・」と言いたい所ですが、1度や2度の失敗でどうこう言っていたらキリがありませんので
「1度で駄目なら2度3度、10回で駄目なら11回しよう」
やる事に意義があります。それも一つの意識改革でもあります。
必ずしも想定通りにいかないかもしれませんが、自分を変えようとする行動自体が意識改革の本来の意義でもあります。
結論
「意識改革」に関しては、色々な結末があると考えますが、根本的に「意識改革」をする為に、本人がどのような行動や考えを持ったかです。そして、その行動や考えがどう本人に何をもたらしたかです。必ずしも成功の形が意識改革とは限りません。成功している人たちは何かしら努力をしているものです。その過程が「意識改革」なのではないのでしょうか?
要は「ゴール地点は一つではないのですよ」と言う意味です。